1996.12.21(土)
ヴェネツィアの朝7時。
何度も何度も鐘が鳴る。
何事ですか?っていうほど続く。
おそらくヴェネツィアの日常の朝なんだと思う。
新鮮!、神聖!荘厳? いやいや、もう少し寝かしてください。
トイレに行って二度寝しようとしたけどダメだった。
今夜夜行に乗ろうと思っていたからもう少し寝だめ したかった。
シャワー浴びて、チェックアウトした。(8:45)
4時までバッグを預けて、そのままBARへ直行。
お菓子と、カプチーノ。4300リラ。
甘くてうまいお菓子(チョコパン)。最高です。
ミサが始まりそうな教会に、現地の人に交じって入る。
ヴェネツィアの教会は、こじんまりして、中もさっぱりとした
建物である。
歴史が古い?深すぎるのか、まだ、教会の歴史が浅いのかわからない。
内装が、良い意味で凝っていない。
それが居心地が良い。ビジターにやさしい。
しかし雰囲気は、これまで見てきたものと同様、重々しく透き通った時間。
キリスト像、壁画を参拝者は拝む。じっと見つめ祈りをささげる。
キリストはたいていは、苦痛にゆがむ顔に、手や足には釘がさされ
脇腹には血が滴るほどの傷。
私の想像を超えたものに対する儀式が一人一人、それぞれの形で
毎回同じ型に沿って、行われているようで、規則正しい時間が
教会には流れている。
自分が場違いだと思いつつ、目をそらせないほどの
洗練された時間と空間に、浸る。
贅沢な時間。
今日は最後のヴェネツィア。
たっぷり、ヴェネツィアを歩く。
入り組んだ通路。終わりがない幾度もの曲がり角。
突然、視界が開けた先にS.Maruco寺院がドカーンとそびえたつ。
ほかの都市とは違う。ワクワクが街に潜んでいる街。

寒いけど、自分とヴェネツィア、S.Maruco寺院を
じっくりゆっくり向き合うことが出来た。
寺院先にへ行くと、海へ突き当たる。
海沿いも建物がずらーっと並ぶ。
よい景色にがここにもある。
(11:14 S.Maruco広場)


ここには、船場がある。
おそらく、駅からすぐ船に乗って、S.Marco広場へ来る観光客が多いんだと思う。
だから、街の中を歩いても日本人が少ないなって感じたんだなと思う。
団体さんは、船で広場へ来るんだろう。
途中ピザをつまみながら、島を2周以上たくさん歩いた。
駅で休憩(15:05 駅)
夜行でローマへって思ってたけど、
夜を待つのが大変だったので、もうローマへ行こうと決意。
HOTEL AUDUAにバッグを取りに行き、電車に乗った。
20:05ローマ着(5時間)
昼間の電車が、もうたくさん人がいる。
何とか荷物がのせれるところ・・・・・
6人部屋で、6人、荷物もパンパン状態でいざローマへ。
ヴェネツィアさらば! ヴェネツィア島から本土への長い橋を電車で走る。(15:45)

1時間ほど寝れた。
廊下にも人があふれている。廊下も簡易椅子になるところがあり部屋に入れない人はそこでもv すわれるが、
廊下も人でいっぱい。
さーどうしよう!
今夜夜ローマに着いた後、どこに泊まろう?
ローマのユースホステルを探そうかなー。
でも、ゼロからローマのユースホステルを探すなら
途中フィレンツェで降りて、数日前に泊まったユースホステルいくのも
楽かなーって思った。
今夜フィレンツェで降りて一泊ゆっくりしてから
明日朝ローマへ向かう
ボローニャで乗客がたくさん降りた。
空いてきた。
よし、俺も、フィレンツェで降りてゆっくりしよう。
晩御飯も朝食もついているし。
19時前にフィレンツェに着いた。
何処もよらずにユースホステル行の17番バスに乗る。
夕食に間に合わせるように急いでユースホステルへ向かう。
ユースホステルの受付おっさんが、おーまた来たのかーって
声をかけてくれた。
覚えてくれてたみたい。嬉しい。
夕食チケットを買い、さっさとバッグを置いて食堂へ。
食堂のオヤジは陽気で元気。チケットを渡すと
山盛りディナーを出してくれた。
パスタ。サラダ。フライ。パン。リンゴ。
食堂に日本人の人がいたので、一緒にご飯を食べた。
イギリスの大学に留学中に、フランス(リヨン)、バルセロナ
フィレンツェ、ウィーンと旅をしているらしい。
がんばっている日本人!元気をもらって
さっそく寝る準備。
日本語話せて、たくさん晩御飯食べれて元気が出た。 ここにきて正解。
明日は、ローマへ行き、またたくさん歩き周ろう。
(23:56 フィレンツェ ユースホステル)

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