11.宝のありか(サン・ピエトロ大聖堂編)

1996年イタリア一人旅

1996.12.9(月)

 AM7:30に目が覚める。昨日8時か9時に寝たので10時間も寝て寝ていたことになる。

 ローマもあと3日。

 ルームメートの高校生は、とても爽やかで元気な青年。
 昨日の夜にサッカーを見に行ったそうだ。
 向こうでL10000Onlyで地元の人に売ってもらえて
 一緒に観戦したということ。
 若くてパワーがあり、ニコニコしている。
 絵に描いたような好青年。

 今日はあいにくの雨である。サン・ピエトロ大聖堂へ行こうと思っていたがやめた。
 Saimonに英語を教えてもらう。日本時はRとLがへだとか
 PhoneticallyのことToungeTwister などなど

(Saimonがサンピエトロ寺院の中を教えてくれた。

 残念読み解けない。宝のありか?が描かれてる?)


 朝は、昨日買ったパンとヨールグルトを食べる。
 昼は、みんなと別れてピッツェリアでホールのピザを食べた。帰りに路上マーケットでバナナとオレンジも買う。

 今日は雨なので宿で英語の勉強と思ったが、眠たくて昼寝。
 こんなふうにのんびりできるのも一人旅の醍醐味。

 起きると3人が帰ってきていた。それからは
 また英語で、キリスト教の話で盛り上がる。


 今日はトイレが壊れたからと、3人と僕は、
 下のフロアへ移動。とても綺麗な部屋へ移動。

 今日お昼のピッツェリアでの事。

 前に家族でピザを食べていた。親父は1人でビール。娘、姉妹はピッツァ。
 で、一番幼い女の子が、色々よそ見をしながらピッツァを美味しそうに食べていた。もう1人の女の子は、

荷物整理などしてモジモジしていた。そしたら、テーブルの上のピザを落としてしまった!

 もう食べれない!  

(家族はどうなるの?どうする?僕はこの家族から目が離せない)

 意外と、親父は、怒鳴らなかった。

 「何やってんだ!」って怒鳴られそうな場面を想像してたけど

 親父は、ジェスチャーで何やってんだ!をするだけで、

 他の子は冷たい。彼女が落としたことは気に求めない。
 気になるのは落とした本人。本人はがっくり。親父にすがって泣いちゃいそう。

ピッツァは、店員さんに伝えたら取り替えてくれた。
    その子はずっと小さくなって食べてた。他の子は相変わらず
 自分のピッツァしか目がいかない。
 

 ごくごく普通の空間に、それまでと同じようにその後も1つ1つ時間は刻まれていく。
 それがあたかも前から一つ一つ決められていた物事のように。
 しかし落とした彼女だけは、彼女の空間だけがポツンと悲しげな
 空気で他の世界と混ざろうとしていた。
 乗り遅れないように、、、自立?、自己主張?生きる術?、、、、、

 ホテルで、みんなにイタリアは、この時期出国ラッシュ九位で出国税がいると聞く5000円未満。

そんなに! 知らなかった。危なかった、、、。

 この2日間一緒に楽しく話ができた日本旅行者は、明日パリへ夜行で向かう。リヨンの話をきく。

イタリアのトレノから3時間半ほど。
 クレディットカードが使えれば俺もいけるかな。。。
 リヨンへいくことができれば雑誌で見た郵便局員が50年かけて作ったお城がある。

そこから年賀状を出すというのも良いかもと思った。

 僕はローマの次はどこへ行こう。
 トリノへいくことを決定、そこからリヨンを目指す。
 11日の夜に夜行でトリノへ?・・・。

 夜はずっとこの日本のメンバーで話をして過ごした。
 仕事、旅行体験。
 タンザニアのデイスコ、アメリカよりヨーロッパが好き etc。
 

 この宿もあと2泊。すごく良い人たちに出会えた宿だった。

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