35.FIRE、田舎移住しなくても、気楽に幸せな時間過ごせます。

1996年イタリア一人旅

最近、FIREや、**万円で快適に生活する方法と
いうような豪遊しない生き方が人気のようである。

結局のところは、
散歩と読書を楽しみ、身の丈に合った生活を過ごしていけば、
お金持ちでも、お金が少なくても幸せな毎日が
暮らせるということだと思います。

FIREできるほどの資産はなく、
生活をダウンサイジングして、散歩と読書を極めるような生活へシフト
する心構えがなくても大丈夫。

少しだけ今の生活を、止めて、一人旅に出かければよいです。

思い切りなどしなくても、週末海外へ行けばよい。

一人旅には、上の全部の要素を含んでいる。

つまり、幸せな時間が、一人旅には保証されている。

ということは、ずっと昔から、バックパッカーの皆さんたちは、
幸せな時間の過ごし方を学んだ人たちだったのでしょうか。

いやいや、しっかり働いて、納税して人並な社会貢献しないと
世の中が良くなりまりません。

これからも、しっかり働いて
しっかり旅する時間も確保していきましょう。

大好きな本を片手に、素敵な場所で散歩、カフェでお茶する時間。

自分探し

1997.12.17(火) その②

ミラノに降りた。
さっそく恒例HOTEL探し。
ミラノはフィレンツェよりもさらに都会。
でも、今日の天気の影響からだろうか。
何処まで歩いても暗い。暗い街ミラノ。

見つけたHOTELで値段を聞く。
70000リラ、高いよー。50000リラに下がった。

部屋を見せてもらう。テレビついてるじゃん!
広いじゃん!これは良いかも。
OK2泊お願いします!

あっさり交渉成立した。

部屋に入って、荷物を下ろす。

テレビをつけて、電気をつけた。

残念。

テレビはつかない。電気は暗い。

部屋に置いてある値段表を見た。50000リラ。
うわー、普通の値段になっただけじゃん。
もっと値切ればよかった。

ここでのディスカウント方法を学んだ気がした。

高いと言って、下げてもらい、下がった後もう一度、いや、何度も
値切る。
そうじゃないと、結局普段の値段で買わされる。

部屋はよく見ると汚い。ぼろい。
感情が入ってきたからどんどんぼろくなっていく。

やっぱり、とロビーへ戻り、やっぱり一泊にするよって話にした。

気を取り直して街へ出た。

歩く、そして歩く。。どこまでいっても、暗いミラノが
明るくならない。陰気な感じ。

ミラノのドゥオモに近づくにつれて
日本人も増えてくる。

高そうな服やバッグ、靴を履いた日本人。
ブランドマンたちが、肩で風を切ってやってくる。
ちょっと肩身が狭い。

ミラノのドゥオーモは、とてつもなくでかかった。

ミラノは、駅も見ごたえがあり、でかくオシャレだったが、
やっぱりドゥオーモだ。これが圧巻。

桁違いにでかい。

中に入る。絵がたくさんぶら下がっている。何の絵かわからないけど
迫力はある。

ステンドガラスも印象的なドゥオーモ。
外見も繊細で、ウルトラマンとかが、指でチョンとさわっただけで
ぽきっと行っちゃいそうなくらいつのが何本もある。
不思議なのは、大都会ミラノの街は人であふれ
せかせかしている。
けど一歩ドゥオーモにはいると、外の騒がしさが一切遮断され
一回に荘厳な空気に変わる。
ミラノのこのでかいドゥオーモだと、そのコントラストが美しい

今いる場所は、
ヴィットーリオ・エマヌエール2世のガッレリアである。

もう歩い疲れて、ハンバーガー屋さんに入った。
ハンバーガーセット9500リラ。
ごのガッレリアは、天井がすごく高い。 綺麗な模様が続くガラス天井のアーケード。
日本を発つ前に、誰かが言っていた、
ミラノのガラスに囲まれたところっていうのは
おそらくここのことだろう。

交差点の牝牛のレリーフ、床のタイルは、何か意味があるみたいで
かかとを踏みながら回転すると何かあるらしい。

みんな周っていく。

それを写真にとる。何十枚も撮った。

でも、どうしよう。
明日にはベニスへ行こうかなーって思っている。
フィレンツェで仲良くなった日本人のいう通り、
お金ない人はミラノはそんなに魅力的じゃないかも。
散歩するにも、ガレリアの周辺、ドゥオーモの周りしか
イタリアらしいおしゃれな雰囲気がない。
近代的な建物に囲まれている。
散歩してもあまり楽しめなさそう。
 (14:50 ドゥオーモ)

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