皆さん!フィレンツェのドゥオモって言ったら……なんですか?
質問の仕方がおかしいでしょうか……。
フィレンツェといったら?→ドゥオーモ!っていう感じが一般的なのかもしれません。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。
でも今回私の質問は、やっぱりこうです。
フィレンツェのドゥオモっていったら?!
……で、どうでしょう?
順正とあおいの大事な思い出の場所。「冷静と情熱のあいだ」
やっぱりこれじゃないですか?
1999年出版された青い本と赤い本。
当時、先に赤本・青本の両方を一気に読んでしまいました。
その時、「しまった」と思ったんだった。
順正編・あおい編を女性と交換しながら読んでたら、恋が芽生えたかも!と後悔したんだった。
私が青を読み、誰か女性が赤を読む。読み終わった後、交換してお互いの本を読む。
こんなことがしたかったーーー!って全部読んだ後、勝手に妄想した。
なぜ当時、そんなにも私が勝手に盛り上がっていたのか。
それは、この本が世に出る4年も前に
一足先に、フィレンツェのドゥオーモへ私は足を運んでいたこと。
そしてある思い出を僕自身も残してきたから。
さあ、私の一人旅も、フィレンツェ編の始まりです。
1996.12.15(日)
夜行列車の中で、イタリア本土に上陸後
あまり寝ることができず、席のベッドでだらだら時間を過ごしていた。
朝4時ごろまで。
空調が充実していないのか、とにかく暑かった。蒸し暑い部屋で
ぐっすり寝ることができなかった。
景色でも見て楽しもう!と起き上がったけど、霧だ。
車窓一面に霧が絡みつき、一寸先も何にも見えない。
あきらめてベッドをたたみ、座席モードにして、のんびり本を読もうかな。
(午前8時55分、列車にて)
すごくのんびりした旅である。
どこへ行っても、またどこに行かなくても良い旅。
なぜか10時間も列車に揺られていても
特別やることもなくても退屈しない旅。
幸せな時間。
(午前9時55分、列車にて)
ようやくフィレンツェに着いた。
途中、今まで乗ってきた列車を「Firenze」というところで降りて
「Centro」までの列車に乗り換えた。午後10時30分。
ようやく都会、フィレンツェに着く。
ドキドキである。今日からローマへ帰るまでは
ユースホステルに泊まることにする。
シチリア島にペンを忘れてきたため、フィレンツェの駅でペンを買う。
新しいペンは、青色だった。
これでカラフルな日記帳になりそう。
近くの駅員に、リラ換金場所を聞いた。
円をリラに変えようと思ったが、レートが12.8と他より高い。
リラへ換金するのはやめた。
それにしてもフィレンツェはすごい!
駅内を一周歩いただけなのに、そう感じた。
駅の待合室には、日記を書いたりできるテーブルが置いてあるし
部屋やテレビを見るための部屋も分かれている。
それに駅がめちゃくちゃ綺麗。
それに、日本人がめちゃくちゃ多い!
待合室には3組の日本人。
ホームは日本人だらけ。
よし、そろそろ街へ出よう!
(午前11時15分)
重い荷物を背負って、フィレンツェの街へ出る。
人も多い。サンタ・マリア・ノヴェッラ駅、フィレンツェのドゥオーモ、
サン・ロレンツォを回ったけど、
特にドゥオーモが迫力がある。
バカでかい。何度も書くけど、ハチャメチャ綺麗。
幾何学模様に彩られたドゥオーモは、写真を撮るにも入りきらない。
うまく撮れない。
写真はあきらめて、両替して広場でちょっと休憩。
1万3,000円をリラに両替。
(正午、広場)

フィレンツェは街が賑やかすぎて、広場は殺風景すぎて
なんだか、落ち着いて休憩ができない。でも腹は減る。
何か食べようと駅へ向かった。
(午後0時44分、広場にて)
お腹が空いて駅へ行く途中、ドゥオーモの隣の
すごく人気の(人であふれている)ピザ屋へ入った。

サラミのピザ。
これが高かった!7,000リラ。が、すごく美味かった。
テルミニ駅のピザよりもうまい。
チーズがとろーり、濃くて美味すぎた。
ユースホステルへ向かおうと、旅本にある通り17Bのバスに乗って
終点へ。
しかし、どこにもユースホステルが見当たらない。
散歩中のおばさんに聞いたら、同じ番号のバスだけど
方向が逆だと教えてくれた。
まじかー。ここはどこですか?
ここで、次のバスをじーっと待つしかないのかー。
(午後2時30分、知らないバス終点にて)
今日初めてユースホステルへ行く。
どうせ日本人がうじゃうじゃいるんだろーなー。
さて、バスが来た!
……(もう一度街へ戻り、再度バスに乗って再度ユースホステルへ)
ユースホステルでチェックインし、街へ向かう!
が、この町への道がめちゃめちゃ長い、遠い。
つまり、ユースホステルが町から離れた遠いところにある。
こんなところにいても始まらない!今夜の宿はこれで決まった!
さあ、もう一度街へ出よう!
ケチって町まで歩こうと思うと、何にもないこんな道を果てしなく歩かないといけなくなる。

それでも僕は、行かないといけないんだ……と、
思っている。自分に言い聞かせている。
なぜなら今も、真っ赤なドゥオモが頭から離れず残っているから。

―― 旅する読書人より 2026.7.25
「順正とあおいの大事な思い出の場所」としてのドゥオーモ。この小説が出版される4年前に、彼はすでにその場所に立っていた。
小説の中で描かれる物語と、自分自身の記憶。その二つが重なった時、フィレンツェという街は、ただの観光地ではなくなる。彼の足跡が、後から読んだ物語によって、新たな色を帯びていく。
そして、今も彼の頭から離れない「真っ赤なドゥオモ」。その赤は、小説と現実、両方の記憶の色なのかもしれない。
■この旅の始まりはこちらから



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