1997.12.17(火) その①
AM 7:00に起きて、朝食を食べに行く。食堂で日本人夫婦に会う。彼らも一か月旅行中だそうだ。
昨日は、日本人と韓国の人たちが集まって、消灯時間まで話をした。
デザイナーの知り合いと友人。英語がうまい韓国の人。見た目より本当は若い女性。僕とデザイナーの人以外は、みんな英語ペラペラ。ワーキングホリデイ経験の女性や、旅慣れしている男性。やっぱり、英語が話せるだけで、旅って何十倍も楽しくなるんだろうな、ってその人たちを見て思った。
帰ったら、勉強しよう!英語。
昨夜の話で、怖い話で盛り上がった(たぶんバックパッカー同士でよく話題に上がるんだろうな、っていう話)。
インドで女性がさらわれることが多く、見つかるのはヨーロッパで悲惨な姿になった状態で、とか。フィッティングルームの壁は実は隠し扉になっていて、友人・知人に気づかれないままさらわれてしまうから気をつけろ、とか。ここに書けないようなおぞましい話もあった。
本当にそんなことあるの?ほんとに?初めて日本を出た僕は、驚く話ばかりだ。
「日本は島国だから。日本は他と隔離されている島だからね。」
いろいろ世界を知ってます風な男性が言い切る。
そうなのかなあ。
日本で幼い頃から頑張って、海外旅行もツアーぐらい。海外の文化や言葉はわかっていても、海外の怪しく危険な部分を感じたことがない人が、大企業や、そうじゃなくてもエリートとして日本で頑張っている大人はたくさんいると思う。そういう人は、海外へ行っても通用するエリートなのだろうか。
別に海外へ行く場面がなければ、日本の中で頑張ればいいんじゃない?海外のことを知らなくても。
でも、日本でエリートになれる人は、海外で過ごすことになってもやり切れるんだろうな。そういうパワーを持った人が、日本でも出世や上のステージへ昇っていくんだろうな。
でも、やっぱり日本でエリートでなくても、これからは英語を覚えてインターナショナルな感覚を磨いていかないと、日本が、国が遅れていくよな。世界シェアを伸ばす企業、海外で勝てる会社が少なくなると、日本の価値、パスポートとか、円とか、不便になっていくよね。
世界でパワフルに活躍できる人材にならんと!!!そのためにも、最低限英語じゃない?
ずいぶん熱い話で盛り上がる。こんな話を真面目に夜中まで話せるのは、異国で出会った者同士の特権だろうか。
最後まで、僕の向上心は火照ったまま。でも、英語を話せず、そんなこと今まで考えたことなかった僕は、いまいち場になじめていないことも自覚していた。でも、なんとか参加する(ローマ初日の苦い思い出があるから)。


朝起きても、そんなに覚めることなく、変なやる気が残っていた。パワー全開な感じ。
もうフィレンツェは出よう!北へ!
ミラノへ行こう。11:05の電車で、ミラノへ行こう。
ミラノ→ヴェネツィア→ローマ→日本。
残りの2週間はこれでいこう。
帰る日が少しずつ迫っているな。
(午前9時10分、ユースホステル)
フィレンツェ駅に着いた。10時前だ。都合の良いバスに乗れて、予定より早く駅に到着。フィレンツェよ、さらばだ。
ミラノへ2泊、ヴェネツィアに2、3泊して、大好きなローマへ帰ろう。
10:07発、バーゼル行き。予定だと13:00にミラノに着ける。

イタリアは、優しい人が多い。電車で、鼻水が出すぎてハンカチ1枚で何度も何度も格闘していたら、隣の兄ちゃんが「次に降りるから」ってティッシュをくれた(よっぽど見苦しかったのかな)。
さっきも、フィレンツェ市内のバスで、乗ってきた老婆に自然に席を譲るピアスの若者。おばあさんが、チャラい女の子に「足が痛いから座らせて」って頼む光景、そして自然に席を譲るチャラい女性。どれもフィレンツェの日常なんだろうな。
全てが当たり前のように事が進んでいく。福祉や道徳の教育がしっかりとした国なんだろうな、と思った。若者とお年寄りが寄り添える社会ができていると思った。
イタリア、素敵じゃん。
電車はボローニャで停車。イタリアでの電車移動は気に入っている。知らない土地を眺めていて飽きない。
ずっと景色を眺めていた。日本に帰ったら、どうやって英語の勉強をしようかな。
新聞は毎日読もう!とか、テレビニュースは副音声で英語で聞こう!とか。帰ってから何を頑張ろうか考えていると、日本が恋しくなる。寂しい。
でも、歌って紛らわそうとしても、歌える曲がない。海外の曲を歌詞も覚えず雰囲気で楽しんでるだけだったから、いざというときに一人で音楽を楽しむことができないんだよな。
「らららー、ムムムー、フンフフーン」なんて、適当な言葉でメロディを口ずさむと、必ずと言っていいほど、この時だけはもう一人の僕が現れる。
p>「やめたほうがいい」と。 p>ただただ格好悪い。 p>(午前11時50分)イタリア人は、電車に乗るとそこが出会いの場となるらしい。色んな人との会話を楽しみながら旅をしている――そんな場面をたくさん目にした。
僕の部屋は、僕みたいな外国人がいるから、みんな期待していないのか、避けて入ってこない。だって、他の部屋は、みんな!本当にみんなの部屋はいっぱいなんです。なんか複雑な気分になる。僕の席だけガラガラで、他の部屋は満杯。しかもみんなめっちゃ盛り上がっているように見える。
ただ、大丈夫。僕にはまだ、異国の風景を楽しむ余裕があるから。
フィレンツェからミラノに向かっているときに、面白いなと思ったことがあった。おかしな木たちだ。
日本にあるような、ツルツルで枝のない木がない。生え際から枝がある木しかない。草原にぽつんと生えている木。
「変だなあ」って、見慣れないなあっていう木が気になった。そうやって考えて、自分のガラガラの席で何とか楽しもうとした。
そろそろかな。ミラノ。
p>みんな廊下にぞろぞろ出始める。フィレンツェからミラノって、結構近いね。
(12時37分、ミラノ)

―― 旅する読書人より 2026.7.25
「英語が話せたら、もっと旅が楽しくなるんだろうな」――そう思う気持ちと、今この瞬間の景色を見逃したくないという気持ち。その両方が、彼の中にはある。
他の部屋は盛り上がっているのに、自分の席はガラガラ。その寂しさを、彼は「異国の風景を楽しむ余裕」と言い換えた。なかなか、うまい言い方だと思う。
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