最近、FIREや「○○万円で快適に生活する方法」といった、豪遊しない生き方が人気のようである。
結局のところは、散歩と読書を楽しみ、身の丈に合った生活を過ごしていけば、お金持ちでも、お金が少なくても、幸せな毎日は暮らせるということだと思う。
FIREできるほどの資産はなく、生活をダウンサイジングして散歩と読書を極めるような生活へシフトする心構えがなくても大丈夫。少しだけ今の生活を止めて、一人旅に出かければよい。
思い切りなどしなくても、週末海外へ行けばよい。
一人旅には、上のすべての要素が含まれている。つまり、幸せな時間が、一人旅には保証されている。
ということは、ずっと昔から、バックパッカーの皆さんは、幸せな時間の過ごし方を学んだ人たちだったのだろうか。
いやいや、しっかり働いて、納税して、人並みに社会貢献しないと、世の中は良くなりません。
これからも、しっかり働いて、しっかり旅する時間も確保していきましょう。
大好きな本を片手に、素敵な場所で散歩し、カフェでお茶する時間。

1997.12.17(火) その②
ミラノに降りた。さっそく恒例のホテル探し。ミラノはフィレンツェよりもさらに都会。でも、今日の天気の影響だろうか、どこまで歩いても暗い。暗い街、ミラノ。
見つけたホテルで値段を聞く。70,000リラ、高いよー。50,000リラに下がった。
部屋を見せてもらう。テレビついてるじゃん!広いじゃん!これは良いかも。OK、2泊お願いします!
あっさり交渉成立した。
部屋に入って、荷物を下ろす。テレビをつけて、電気をつけた。
残念。
テレビはつかない。電気は暗い。
部屋に置いてある値段表を見た。50,000リラ。うわー、普通の値段になっただけじゃん。もっと値切ればよかった。
ここでのディスカウント方法を学んだ気がした。高いと言って下げてもらい、下がった後もう一度、いや、何度も値切る。そうしないと、結局普段の値段で買わされてしまう。
部屋はよく見ると汚い。ぼろい。感情が入ってきたから、どんどんぼろくなっていく。
「やっぱり」とロビーへ戻り、「やっぱり一泊にするよ」と話にした。
気を取り直して街へ出た。
歩く、そして歩く。どこまでいっても、暗いミラノが明るくならない。陰気な感じ。
ミラノのドゥオモに近づくにつれて、日本人も増えてくる。高そうな服やバッグ、靴を履いた日本人。ブランドマンたちが、肩で風を切ってやってくる。ちょっと肩身が狭い。
ミラノのドゥオーモは、とてつもなく大きかった。
ミラノは、駅も見ごたえがあり、大きくておしゃれだったが、やっぱりドゥオーモだ。これが圧巻。桁違いに大きい。
中に入る。絵がたくさんぶら下がっている。何の絵かわからないけど、迫力はある。
ステンドガラスも印象的なドゥオーモ。外見も繊細で、ウルトラマンが指でチョンと触っただけでぽきっと行ってしまいそうなくらい、尖った装飾が何本もある。
不思議なのは、大都会ミラノの街は人であふれ、せかせかしている。けど、一歩ドゥオーモに入ると、外の騒がしさが一切遮断され、一気に荘厳な空気に変わる。ミラノのこの大きなドゥオーモだからこそ、そのコントラストが美しい。
今いる場所は、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアである。
もう歩き疲れて、ハンバーガー屋さんに入った。ハンバーガーセット9,500リラ。このガッレリアは、天井がすごく高い。綺麗な模様が続くガラス天井のアーケード。日本を発つ前に、誰かが言っていた「ミラノのガラスに囲まれたところ」というのは、おそらくここのことだろう。
交差点の牝牛のレリーフ、床のタイルは、何か意味があるみたいで、かかとを踏みながら回転すると何かあるらしい。
みんな回っていく。それを写真に撮る。何十枚も撮った。
でも、どうしよう。明日にはヴェネツィアへ行こうかな、と思っている。フィレンツェで仲良くなった日本人の言う通り、お金がない人はミラノはそんなに魅力的じゃないかもしれない。散歩するにも、ガッレリアの周辺、ドゥオーモの周りしか、イタリアらしいおしゃれな雰囲気がない。近代的な建物に囲まれている。散歩してもあまり楽しめなさそう。
(14:50、ドゥオーモにて)
―― 旅する読書人より 2026.7.25
FIREや田舎移住が話題になる時代に、彼は「少しだけ今の生活を止めて、一人旅に出かければよい」と書く。大きな決断をしなくても、小さな旅で得られるものは確かにある――その主張は、真面目でありながら、どこか肩の力が抜けている。
そして、その後にはミラノの暗い街と、期待外れのホテルの話が続く。理想と現実の間を、彼は今日も軽やかに歩いている。
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