22.今夜は、僕もデイドリームビリーバー

1996年イタリア一人旅

2021.7.XX

皆さんは、嬉しいとき、悲しいときに、気持ちを落ち着かせるために
何か1曲選ぶとしたら、どんな曲を選びますか。
どんな歌で、その大事な時間を身体にいっぱいに、その思いをしみこませますか。

当時20代前半の私には、2曲しか選択肢がありませんでした。
なにが? そうです。
嬉しいときも、寂しいときもその2曲のどちらかを選ぶしかなかったんです。
なぜなら、口ずさめる歌が2つしかなかったから。

今回は、そんな曲のレパートリーがない旅人のお話です。
久々に思い出の曲を流しながら書いています。
今回は個人的に、今は亡き忌野清志郎さんへ捧げる回とさせてください。
ともに戦った友を育ててくださったあなたへ。


1996.12.13(金)シラクーサ その②

考古学地域を巡った。シラクーサはとても暑い。遺跡は大きく、重々しかった。ギリシャ劇場は、すごくしっかりした劇場だと感じた。

しかし、「うおーーーー!きたー」という感じの感動は、残念ながら無い。
帰りにアドンニーナ協会へ寄る。近代的、いや現代的な建物だ。
「とんがり帽子」のようなその協会は、どこからも光が入るような仕掛けがあり、音がすごく反響するようにつくられていた。
綺麗なところだった(午後0時35分、協会にて)。

絵を描きに行こうと思い、橋を目指す。パン屋に寄ってパン1本と、また昨日食べた米コロッケを買う。1900リラ。
このコロッケは病みつきになりそうだ。かすかにうまい。
何よりも、コメが懐かしい。

ここのパンもすごくおいしかった。場所はマドンニーナ協会を駅の方へ歩き、マンション沿いを右へ。
左手にスポーツ店があり、その隣くらい。
若い女性がやっている、すごく人気のありそうな店だ(午後1時26分、橋にて)。
絵を描いてすぐに、宿へ帰る。疲れたので昼寝をするためだ。
4時過ぎまでベッドにくるまっている。シラクーサの屋台が7時頃からあると
ガイドに書いてあるので、正直面倒くさいが行ってみようと思う。
時刻表も調べて明日の予定も立てよう。
シングルルームでこんなにゆったりとしていると、とても落ち着く。

「The Wonderful Wizard of OZ」を、なんとか今日までに100ページまで
目を通すことができた。
だんだん展開が面白くなってきた。最初は簡単な英語ばかりだったので、
理解できることが楽しみの一つだったのが、今では話の展開が楽しいと感じるようになった。それが嬉しい。
英語ができる人にとっては、とても簡単な英語なんだろうけど。

部屋でずっとぼーっとしている。不意に、日本が恋しくなる。
苦しく楽しい旅ではあるけれど、これが本音だ。

「デイドリームビリーバー」を歌い、寂しさを身体に浸透させ、そんな自分に浸る。

でも、ナルシストな自分が格好悪いんじゃないかと、我にかえってやめる。
と、郷愁を感じ、ショートストーリーを書いてセンチメンタルな今を表現したいと、格好良いことを考えた……と思った。

もう書き出しは決まっている。

「目覚めるとそこは夢だった……」

……が、次が出てこない。思い浮かばない。ちーん!

そろそろ時間だ。お出かけの時間(午後7時、ホテルにて)。


今回は、最後に曲から少し引用させてください。
忌野清志郎さん、ありがとうございました。
あなたのおかげで、何も知らない一人ぼっちの土地で
とても豊かな時間を過ごすことができました。
25年前の私とともに、お礼を言わせてください。
ありがとうございました。

『デイドリームビリーバー』

ずっと夢を見て安心してた 
僕はデイドリームビリーバー 
そんで彼女はクイーン

ずっと夢を見て安心してた 
僕はデイドリームビリーバー 
そんで彼女はクイーン

ずっと夢を見て安心してた 
僕はデイドリームビリーバー 
そんで彼女はクイーン

ずっと夢を見て安心してた 
僕はデイドリームビリーバー 
そんで彼女はクイーン


―― 旅する読書人より 2026.7.24

「口ずさめる歌が2つしかなかった」という告白が、逆にこの旅のリアルを強くしていた。

たった2曲で、嬉しいときも、寂しいときも、やり過ごしていたらしい。その不器用さが、なぜか妙に心に残る。

歌詞の最後まで引用する潔さも、この話の余韻を長く引き延ばしていた。


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