36.ハードボイルド in Milano

北方謙三(笑)より、チャンドラーとの出会いが先だった。
キリマンジャロの頂を目指す豹の死骸よりも前に。

大都会のミラノ。荘厳なドゥオーモの前で、僕はフィリップ・マーロウを思い出す。

スリルを取り戻せ!

怠惰な旅を払拭するため、僕はミラノ最後の夜を静かに過ごす。


1996.12.17(火)その③

現在19時近く。いつもならホテル・宿に帰ってゆっくりしている時間。今日はそんな気分になれない。あのボロい部屋に戻りたくない。

今夜は、ガッレリア内の本屋で、ゆっくり写真集を眺めながら時間を過ごす。自分もこんな写真が撮れると格好良いのにな。

English Bookの一角に、特設?チャンドラー特集がされていた。短編集 3,000リラ。たいして英語が読めるわけでもないのに、買ってしまった。

どうやらイタリアでは、レイモンド・チャンドラーは教科書に載るくらい人気で有名らしい。

フィリップ・マーロウは、僕にとってハードボイルドのお手本――というわけではない。

けど、絵本みたいなミニブックを手に入れただけで、この異国の地で僕は一人、ハードボイルドな自分に変身できた。

カプチーノに口をつけるとき、視線は自然と斜め上45度を向いてしまう。それが僕のハードボイルド。僕じゃないフィリップ・マーロウがそうさせているんだ。

フィリップさん、間違っていたら教えてください!ハードボイルドって、いったい何なんですか?

(午後7時15分、Burghy、ガッレリアにて)

歩いてホテルに帰る。ちゃんと場所を覚えているか不安だったが、なんとかホテルを見つけられた。

昼間は、ミラノはあまり楽しくなさそうだと思ったけど、やっぱり大都会だ。夜が楽しい。ライトアップに、人も溢れ、華やかである。きっと人も街も何もかも、夜に備えて昼間は静かにしているんだろう。夜は散歩が楽しかった。

写真と一緒で、切り取り方で、街も印象が一気に変わる。

戻った部屋は、相変わらずボロく、一気に僕のハードボイルド臭が覚める。テレビは映らない。音も出ない。反応すらしない。ボタンの接触が悪く、テープでボタンを固定して何とか映る。何とかサッカーを流しながら、この日記を開いている。

あとミラノで何しよう?「最後の晩餐」がすぐ近くにあるのに、このままミラノを離れるのもなあ。

修復中の「最後の晩餐」は見れないという話。でも、出口から覗けば……みたいな話があった。ミラノを離れる前に、覗いておこうかな。

(午後9時42分、ホテルにて)


―― 旅する読書人より 2026.7.25

「カプチーノに口をつけるとき、視線は自然と斜め上45度を向いてしまう」――本人はいたって真剣なのだろう。微笑ましいほどのその決意が、この夜を特別なものにしている。

短編集を手にし、フィリップ・マーロウの気分を纏い、ミラノの夜を一人歩く。その背中は、彼自身が思うほどにはハードボイルドではないかもしれない。けれど、その不器用なまでの真剣さこそが、本物に近いのかもしれない。

それにしても、あのボロいホテルは、彼のハードボイルドを嘲笑うかのように、いつも通りに彼を迎える。それもまた、彼の物語の一部だ。


■この旅の始まりはこちらから

00.viva! Italy! リーラ!
1995年5月25日。野茂英雄が日本人メジャーデビューを果たした、歴史的な日だった。その1年後、僕は初の海外旅行デビューという、個人的な快挙を果たす。無計画で失敗の連続。初めてだらけの海外一人旅。時代はEU統合前。もちろんユーロなんて存在し

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