1996.12.22(日)その②
ナヴォーナ広場まで歩いた。クリスマス前だろうか、それとも冬休みシーズンだろうか、人がむちゃくちゃ多い。日本人も。10日前に比べて、外のテーブルで食事している人、観光客、街が人で溢れている。全く印象の変わってしまったローマが、ここにあった。
(14:45、ナヴォーナ広場)
またスペイン広場でのんびり過ごそうかと思って歩いていた。けど、今夜はサッカー観戦に行こうと思っていたので、時間を考えると戻る必要があった。
ホテルへ戻る。

部屋にはでっかい男が僕を迎えてくれた。少し話そうとしたが、私の拙い英語では彼を退屈させてしまったようで、「ちょっと出かけてくるよ」と出て行ってしまった、笑。
今夜はサッカーを観に行き、明日23日は朝一にサン・ピエトロ寺院へ行く予定。24日は電車チケットの最後の日だから、田舎へのんびり行こう。25日はもう一度ローマを楽しもう。26日、最後のイタリア日。午後の空港に向けて、軽く最後のローマを歩こう。
残りのイタリア旅行。ここにきてやっと旅が楽しくなってきた。「帰りたくないな」という思いが芽生えてきた。旅ってそうだよね。終わりごろになってようやく慣れてくる。もっと居たいと思う。
さて、そろそろ時間かな。サッカーを観に行こう!
(18:40、パパ・ジェルマーノにて)
スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマ行きのバスで向かう。よし、着いた。
さあ、危ない熱狂ファンを避けながら……
あれ?
バスの運転手に「試合あるよね?」と聞いたのに! まーったく人がいない。怖い、暗い場所で降りて、スタジアムへ歩いた。
おっさんに聞く。
「カルチョ・ゲーム?」
答えは、「チンクエ!」って。
え?
5時からだったの?
まじかよー。終わってた。確かにバス運転手の「試合ある」というのは合っていたけど……
急いでさっきのバスの折り返しに乗る。なんだかなあ。俺の人生……こうなんだよなあ。
締まらないんだよね。詰めが甘い。真面目に一生懸命やってるつもりなのに。一生懸命だけでは足りていない。無鉄砲に、がむしゃらに!真っ直ぐ、真面目にやる。でも、その目的、手段、準備が少しずれていた場合、結果は伴わない。
これじゃ、イタリアに来た時の僕と何も変わっていない。帰りのバスは、一人自己嫌悪で色々考えてしまった。
部屋に戻っても誰もいない。みんなまだ楽しんでいるんだろうな、と余計なことを考える。
いかんね、こんなんじゃ。
(21:32、部屋にて)
今日、結構へこんだ。サッカー観戦ができなかったこと――じゃなくて、予定を立てていたのにうまくいかなかったことが、なんだか今までの僕の生き方がそのまま出てしまったようで、自分の生き方が残念な方向を向いているようで、現実を見せつけられた気がしたから。
ミスしたり間違いに気づいたとき、立派な人間や意識高い人は、都度間違いだった自分を改め、次は失敗しないように改善できる。自分にとってミスしやすい考え方に気づいている。「自分を知る」を徹底的にやっているんだと思う。
けど、どうだろう。そんな人はどれだけいるの?
ミスを繰り返さない人――みんなそうなのかな。
人は簡単に変わることはできない。残念ながら、僕は間違っていることに気づけず、一生懸命やり続けることが多い人生だと思う。2度繰り返してしまったミスは、3度目も、それ以上繰り返してしまうことがほとんどだと思う。成人になったら、生き方や考え方を変えるのは難しいと思う。
じゃあ、どうしたらいいんだろう?
ミスを繰り返す人をダメな人だと、みんな思うだろう。繰り返さないように修正できる人は立派だと思う。でも、そうできない人もいる。いや、いないかもしれない。僕だけかもしれないけど。
やっぱり人は変われない。残念ながら変わることはできない。僕はそう思う……

でも、変われないけれど、視野は広げることができると思う。色んな方面の経験を積む。たくさんのことを、人生のあらゆる選択肢の前提となりそうなことを拾い続けて、目からも情報を入れ、少しでも体にしみこませることはできる。繰り返すミスの場面を、自分の人生の中での割合を薄くすることはできると思う。
いつか同じ場面にあった時は、やっぱりミスする確率は高いと思う。けど、できるだけ違う方面の多くの経験をすることで、間違いやミスは消えないけれど、その間違いやミスの濃度を減らす。うまくいった経験を増やし、楽しい思い出をたくさん作り、ミスによる後悔の割合を減らし、ダメージを減らす。
弱点を減らすというより、強みを伸ばす!これに近いかもしれない。
視野が広がるってことは、得意技を増やすこと?自分の居場所を探すこと?何が得意で何が不得意かわかること?何にワクワクして、何に時間をかけるべきかに気づくためのアンテナを張り巡らせること。
視野を広げるというのは、そういうことだろう。
当たり前のようなことだけど、人によってどうとでも解釈できる便利な言葉だけど――僕は僕自身のために、そうだと定めよう。
人は視野を広げるために生きる。 それは、自分の居場所を見つけ、ワクワクを増やすためのアンテナ作り。自分には不得意なことが何なのか、近寄ってはダメなことが何なのか、失敗を繰り返すことで感じること。
だから、元気な時はたくさんの経験を詰めるように、自分を刺激的な場所へ身を投じると良いんじゃないかと思う。
別れ道があった時、経験あることより、新しい未経験な方を選択する。難しいことや困難なことを選択するのが良いとは僕は思わない。難しいや困難と分かっているってことは、そう知っているということ。想像できない方を選択してみる。
これだと思う。
何も大それたことが必要じゃない。いつもの繰り返しだけじゃなく、ちょっとだけ、変えてみる。10個あったら、1個は知らないものを選んでみる。
そういうことだと思う。自分を守るため、保つため、たまには好きなこと・安心できることを選ぶことは必要だと思う。でも、1つは知らないことをチョイスしてもいいかもしれない。
それが、自分自身の人生に新たなワクワクと出会いに繋がるかもしれないから。

―― 旅する読書人より 2026.7.25
サッカー観戦に行けなかった。その失敗は、彼にとって「自分の生き方そのもの」を突きつけるものだった。
「人は変われない」――彼はそう書く。その言葉には、諦めではなく、むしろ自己受容に近いものがある。変われないことを認めた上で、それでも「視野は広げられる」と考える。その切り替えが、この記事の強さだ。
「10個あったら1個は知らないものを選ぶ」――そのシンプルな提案が、彼の今後の人生に小さな変化をもたらすかもしれない。
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