50.ラストローマ!あちら側とこちら側の境界線。

1996年イタリア一人旅

1996.12.26(木)

7:30頃起きた。そしてシャワールームへ直行。今日のシャワーは温かい湯が出なかった。12月下旬のローマはもちろん寒い。さっぱりしたくて裸になったけど、残念。足元だけ洗って出た。

さて、今日はカラー写真を撮る日と決めていた。

テルミニ駅へ行き、492番バスに乗る。今日のバスは賑わっている。まだ朝早いためか、ナツィオナーレ通りのお店は開いていない。

昨日歩いたコースをバスが走る。「そうそう!ここ!ここ!」なんて、バスが昨日のいろんな“答え合わせ”をしてくれている。

見慣れた景色が終わりに近づき、昨日と同じテヴェレ川を越えたところでバスを降りた。まっすぐ伸びた道路の先に、サン・ピエトロ大聖堂が見える。

テヴェレ川を眺めながらのんびり歩く。行く先はもちろんサン・ピエトロ大聖堂。「Wait and See」な彼が教えてくれた宝のありかを探す、最後のチャンス。

11.宝のありか(サン・ピエトロ大聖堂編)
1996.12.9(月) AM7:30に目が覚める。昨日8時か9時に寝たので10時間も寝て寝ていたことになる。 ローマもあと3日。 ルームメートの高校生は、とても爽やかで元気な青年。 昨日の夜にサッカーを見に行ったそうだ。 向こうでL100

今日は昨日よりも、今までよりもぐんと寒い。朝だからというより、冬の始まりを感じる。っていうか、ローマは日本だと緯度は北海道の札幌くらいだから、寒いのは当たり前か。

たくさん写真を撮って、ホテルへ戻る。そしたら、イタリア人に声をかけられた。フランチェスコだった。スペイン広場でミサンガを編んでくれた彼。僕を覚えてくれていたのにはびっくり。

写真を撮らせてよ、と頼もうと思ったけど、彼がどんな人間かもわからないし、なんか人の道に外れていることをしているような彼だと、「写真はダメだ」って言ってくるだろうな、と考えていたら、彼は「チャオ」と言ってバスを降りて行った。

写真は撮れなかったけど、この再会を喜ぼう!

テルミニ駅へ戻ってきた。寒すぎて、走ってホテルへ。9:30なのにバールも開かない。なんか、今日が一番店が閉まっているように見える。

ホテルで、今度は熱いシャワーを浴びられた。

パパ・ジョルマーノをチェックアウトする。いよいよ僕の旅最終日だと実感する。

午後までバッグを預かってもらい、Nさんを待つ。Nさんがジーノと談笑。最後に「VINO GINO」をもらった。プレゼント。自家製ワインをまたもらっちゃった。

p>(10:00、ホテルにて)

チェックアウトしたあと、みんなでサン・ピエトロ広場へ。途中、バールでコルネット2つとカプチーノを買い、自分をローマ最後のジェントルマンにさせる。

最後のサン・ピエトロ寺院。ピエタを見た。今はガラス張りだが、昔は直接触ることができたという。ぴかぴかになっている。キリストの指が折れたことをきっかけに触れなくなったという。しかも、サン・ピエトロ寺院のピエタはオリジナル(複製ではない)ということで、柵も設定された状態だった。

衛兵を背に広場に出る。クリスマスツリーが、とてつもなく大きなツリーが広場に置いてある。ローマ一番のクリスマスツリーがここにある。迫力あるサン・ピエトロ広場に模様替え。圧巻。

もう一度パンテオンへ。今日は中に入れなかった。

と、あれ?ここだったのか。いつの間にかトレヴィの泉だった。これがトレヴィの泉かあ。イタリアに来て1ヶ月。ローマに2週間前後。トレヴィの泉に初めて来た。最終日に新しい場所に来れてよかった!

で、やっぱりローマ最後の最後はスペイン広場でしょ!って、階段の一番上で広場を見下ろしながら、残り少ないローマ時間をゆっくりゆっくり過ごせた。

さあ、帰ろう!日本へ帰ろう。

ホテルでバッグを受け取り、テルミニ駅から空港へ(13,000リラ、約30分ほど)。

17:22、空港内。

いよいよイタリアとおさらばの時間。飛行機は21:00発。手続きは19:00から。今日もたくさん歩いたので、眠たいのを堪えながら残りの時間を噛みしめる。

あと、空港で最後のお土産を買う時間。ここでは店員から日本語で声をかけられる。これが、これまでの一人旅と全く雰囲気が違う。日本語での買い物、海外で。ほっとするけど、「あっち側」から「こっち側」に戻ってきたという感覚。はっきりとした、僕の旅の終わりを感じる。

あんなにも早く帰りたいと思っていた一人旅。月並みにも、終わり際は名残惜しくなっている。しかし、僕はもうこちら側に戻ってきている。

さあ、あとは無事に日本へ帰るだけ。

日本の地を踏む前に、こちら側に戻ってきてしまった。静かに、そしてはっきりと、僕の旅の終わりのタイミングが想像より早く来てしまったことに、自身の心というか、立ち位置というか、複雑な感じ。

本当は、飛行機からイタリアのブーツを眺め、そして地図通りの日本を眺めながら、僕の一人旅を締めくくろうと思っていたのに。


―― 旅する読書人より 2026.7.25

空港で日本語を聞いた瞬間、彼の旅は終わった。「あちら側」から「こちら側」に戻ってきた――彼はそう書く。

本当は飛行機の窓からイタリアのブーツを見下ろしながら、旅を締めくくるつもりだった。けれど、そのタイミングは思っていたよりも早く訪れた。日本語の声が、彼を日常へと引き戻したのだ。

旅の終わりは、いつだって想像より少しだけ早い。


■この旅の始まりはこちらから

00.viva! Italy! リーラ!
1995年5月25日。野茂英雄が日本人メジャーデビューを果たした、歴史的な日だった。その1年後、僕は初の海外旅行デビューという、個人的な快挙を果たす。無計画で失敗の連続。初めてだらけの海外一人旅。時代はEU統合前。もちろんユーロなんて存在し

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